「獣にまつわる習作」
女は食肉目であった。ゆえに襲い、喰らう必要があった。より強きものに従い、へつらい、また愛する必要があった。それを疑うことはなかったし、疑ったとして何があろう。それは餓えて死に、ただ皮を遺すだけの行為なのだから。
あるとき、戯れに辛うじて命を繋いだ。その獣の宿す知性の光は、彼女の脳幹の深奥を知らず知らずに揺すったのだ。女はそれを喰らうのを思いとどまり、言葉を求めた。何か最期に言い遺すことはないかと。
獣は答えた。「お前にそれを告げたところで、何になるというのだ。私はお前たちの血肉となるだろう。何を言ったところで、お前の心に染み入ることはない。日常の底に埋没し、忘れ去られるだけなのだろう」と。女は失望し、その獣を速やかに殺した。
それからも、彼女の暮らしが大きく変わることはなかった。成熟し、一層強くしなやかになったと言ってもよい。彼女は食肉目なのだから。ただ一つ、あえて記すならば。夜、不意に目を醒まし、月を見上げることが増えたという。