「獣にまつわる習作9 夕陽とキウイ」
アカトゥイヤ駅のほうに戻る道すがら、私は菓子屋の女と再会した。彼女は私に気付くや否や、外套の匂いを嗅ぎ、私が教会から戻ってきたことを言い当てた。何か匂っているだろうか、私も嗅いでみたところ、確かに甘い香りがする。キウイに似ていて、香にしてはやや変わっていた。
菓子屋の娘だけあって、香りには敏感なのだろう。私はそう納得しながら、彼女の誘いに応じて喫茶に立ち寄った。彼女が言うには、今のアカトゥイヤの教会では一風変わった香を焚いており、街の人ならだいたい言い当てられるのだという。
しかし、女は度々私の外套に手を伸ばし、何かに取りつかれているようにその香りを嗅いでいた。疑うような私の視線に気付くと、ばつが悪そうに頬を緩めて、名残惜しそうにやっとそれを手放す。余程好きなのか、あるいは。
窓の夕陽に雲が差し、瞬間、暗くなった。彼女の頬は真っ赤に染まり、目尻には熱病の気配が浮かんでいた。ぞっとして私が目を擦ると、女はやはりばつが悪そうに笑っていた。「今は、まだ」私の芯奥に赤熱した感覚だけを置いて、彼女は会計を済ませ、去って行った。