「獣にまつわる習作10 アカトゥイヤ探訪」
高速鉄道のアカトゥイヤ駅。木彫を活かした懐古趣味の建物で、工業ガラスとフレームの屋根で覆われている。そこから射し込む光は時刻に従って浮き彫りを照らし、夜には遡るように電灯が陰を形作る。油断なく常に近代的であり、好感を抱かせる駅舎だ。
この駅にも変わった噂話があると、案内人は教えてくれた。新月から三番目の夜、最終電車の一つ前、半島から大陸へと向かう北向きの列車。これに乗った旅人は、不思議な見送りを受けることがあるという。曰く、猫の群れ。曰く、濃密な影の怪物。曰く、見知らぬ駅の幻影。
滞在の最終日、私はその話を思い出し、せっかくなのでその列車に乗ってみることにしていた。ちょうど月齢も合っており、少しばかりの恐いもの見たさではあったのだ。居心地の良い駅舎のベンチを陣取り、私は行き交う人を見て時間を潰していた。
「何か、お待ちですか」そうこうしていると、私はみたび、あの菓子屋の女と出会った。言うには、隣町まで買い物に行っていて、戻ってきたところだったそうだ。偶然とは思えぬ再会に私は喜び、列車の時間まで旅の思い出を語って聞かせることとなった。
アカトゥイヤ駅の噂話の話をすると、女はくすくすと笑った。「旅をしていると、不思議な話を信じたくなるのでしょうか」彼女は肯定も否定もせず、ただ一言付け加えた。「変わったお見送りって、もしかすると私のことかも知れませんね」
嬉しい時間は矢のように過ぎ去り、じきに私は列車に乗った。広く快適な窓を隔てて女が見え、その手を遠慮がちに振っているのに私は応えた。戸が締まり、緩慢な動きで景色が動いたとき、菓子屋の顔は食肉目のものとなっていた。彼女はまだ、手を振っていた。
私は得心した。アカトゥイヤ市、それが獣にまつわる市であること。私は窓に張り付かんばかりに、彼女が流れていくのを視線で追っていた。高速鉄道は夜の荒野に放たれ、灯りはすぐ遠くへ見えなくなっていった。いまや、窓には私の顔が写るばかりであった。
私は思い立ち、カンロネコの焼き菓子の最後を取り出した。焦がした糖蜜の色の猫が、そこにはいた。ああ、私はまたいつかアカトゥイヤに戻ってくるだろう。彼女の血肉、そして物語を、口にしてしまったのだから。何人かの先人たちと、同じように。