「Yの告白」

 私が港に招かれたのは、梅雨の境目の晴天の日のことだった。鉄路の途切れる隣町から軽トラで少し、峠を越えるとかつて漁村であった町並みが見えてくる。私のためだけに駆り出されたのだろう送迎の運転手は、愛想笑いこそ下手だったが、海の上をゆく九七艦攻を目敏く見つけ、私に紹介してくれた。

 助手席の窓から見える無人の町並みは、まるで今も誰かが住んでいるかのようだった。深海棲艦の攻撃を避けるため、また軍港の機密を守るため、あっさりと地図から姿を消した小さな漁村だ。建築半ばのコンクリートビルディングが、隙間から青空を覗かせている景色、私はまだどうにも忘れられそうにない。

 私が到着したときにはSはもうとっくに着いていて、既に案内人と打ち解けていた。その案内人はとても美しい艦娘だった。見惚れそうになるほどのみどりの黒髪、私に気付いて立ち上がったときの品のよい仕草。こんな姉がいたらさぞよかっただろうな、と私に思わせるものだった。その人は扶桑と名乗った。

 扶桑さんはまず、私たちを招いた目的から説明してくれた。適性検査で結果を出したとはいえ、国が艦娘を強制することはできない。だから、艦娘のことをしっかり知った上で選んでもらうため、普段は許されない見学の機会が設けられたそうだ。扶桑さんは、戦艦の適性者が欲しいだけだとは、言わなかった。

 そういう趣味の人からすれば随分羨ましいものだったろうと思う。まだ白い陽光のなかで、遠浅を避けるように『駆逐艦』の一隊が素早く陣形を組み直すのを見た。白く曳航の跡を刻む彼女らは、梯形の陣を組んだと扶桑さんは語る。Sはそれをまるで宝物のように、控えめだけれど熱っぽい目で見ていた。

 次に私たちは灯台を訪ねた。詰めていた『軽巡洋艦』は、親戚の幼子にそうするように私たちの頭を撫でた。Sがされるがままになりながら「川内さん、川内さん」と覚えたての艦名を口にしていたのを覚えている。私はその時、少しだけ羨ましかったのかもしれない。

 昼食を取り、演習を見て、そして少しの座学を体験した。扶桑さんはその間、ずっと私たちの後ろについてくれた。彼女は『戦艦』で、本来ならばこんな仕事をする立場ではないはずだ。私はどうしても居心地の悪さを拭えずにいたが、Sの気持ちに水を差すのも悪くて、本当のところを聞くことはしなかった。

 扶桑さんは私のそんな様子に気付いたのか、思い付いたように案内先を変えたようだった。「少し歩き疲れたかしら。お茶にしましょうか」あくまでも気遣いとして掛けられたお誘いに、私はというと頷くしかなかった。連れてこられた食堂で、摩天楼のごとく高々としたパフェをご馳走になった。

「本当はね、こんなことを言ってはいけない立場なのだろうけれど」扶桑さんはパフェに格闘する私たちをにこにこと眺めていたが、不意に暗い表情を見せた。「聞き流してもいいから、話だけさせて頂戴」私とSは匙を止めたが、扶桑さんは食べ続けていいと、ずっと自然な笑顔で促してくれた。

「艦娘になるかどうか、あなたたちはすぐに選ばされることになると思うわ」扶桑さんははっきり言う。この日の猶予は、ほんの一日分でしかない。「私たちは迷える魂のためにこの戦いを続けている……けれど、もうそんな時代ではないのかもしれない」Sはそれに判然としない言葉を返した。「うん」

「この港の外にも、あなたたちの可能性はいっぱいあると思うの。私たちはそれを守るためにこの身を捧げているけれど、あなたたちにも強いるようなことはしたくない」扶桑さんはそれから自分の匙をとって、私のパフェから一すくいした。「わかりました」不思議だけれど、それを無法だとは思わなかった。

 扶桑さんは味見をするようにひと匙だけ口にし、それから目を伏せた。その髪がはらりと動いたのを見て、私はふと気づかされた。あの適性検査のとき、カーテンの奥で見た黒い何か、ガラス容器に収められたそれは、こうべだった。ちょうどこの美しいひとのような、黒い黒い毛髪の塊。