「Yの告白」

 本来ならば、その日のうちには家に帰れる予定だった。ご馳走になったパフェがだいたい片付いてきた頃、眼鏡の似合う艦娘が扶桑さんを探しにやってきた。彼女は初め、焦りの様子を隠していなかったが、私とSがいるのを見て、本来らしい落ち着きを取り戻すことができたようだった。

 機密だというので、扶桑さんと眼鏡の艦娘は私たちを残して席を外した。じきに扶桑さんの荒げた声が隣の部屋から響いてきたものだから、私とSは不安げに見合わせるばかりだった。しばらくして扶桑さんは戻ってきて、元の優しい声色で私たちにこう告げた。「今日は、ここで泊まっていきなさい」

 説明を求める私に、扶桑さんは渋々答えた。哨戒網を敵機に突破され、街に繋がる道に被害が出たという。幸い復旧に時間は掛からないと見込まれているが、私たちの帰りには間に合わない。被害が出た場所はちょうど私が艦載機を目にしたあの辺りだと知って、私も肝が冷える思いがした。

 夕暮れが迫る時間帯だというのに、港の周りには多くの艦娘が出てきていた。原動機が煌々と光を灯す周りで、空母らしき艦娘が弓の張りを確かめている。私のよく知らない艦種らしき艦娘もいた。みな緊張した面持ちだったが、灯台で出会った『軽巡洋艦』は、目をあわせたときだけ笑顔を見せてくれた。

 出撃の準備を進める彼女たちを後目に、私とSは『駆逐艦』の寮へと案内を受けた。今夜はここで夜を明かし、明日様子を見て帰すよう計らうという。扶桑さんは部屋の鍵をひとつあけて、私たちを通した。ただ錆びぬよう緑に塗った鋼のフレーム、それだけで組まれた二段ベッドが二つあるだけの部屋だった。

 Sはというと、非日常のことに気持ちの高ぶりを隠せないようであった。寝床を引いて、外に出ぬよう厳命があったあとも、彼女は港の物音が気になって仕方がないようだった。こっそり廊下の窓から見れば、探照灯の光の柱が天の雲を衝いているのが見えたという。私も誘われて、覗き見る程度に、見た。

 布団に潜ってからも、私とSはしばらく話していた。きっと本当の艦娘なら、こんなことは許されないのかもしれない。まるで修学旅行のそれのように、寮の夜を私たちは過ごした。陣形を変えるときに敏感に調整していた旗艦、先ほどの「川内さん」の夜戦装備。私が気づかなかったことをSは話してくれた。

 私はそれをしばらく聞くほうに回っていたが、不意に疑問が浮かんだ。「Sは、艦娘になりたかったの?」Sは隣のベッドから身を乗り出して、きょとんと私を見ていた。やがて嬉しさを潜ませるように語りはじめる。「そうだね、僕は……ずっとなりたかった。なれたらいいなって、ずっと思ってた」

 彼女は教えてくれた。Sの家は大変に貧しく、食べるもの、着るものにすら不自由するほどだった。彼女が艦娘になれば、それは全て解決するだろう。「それじゃあ、お金のために?」私が聞くと、Sはそれだけじゃないっぽいと言う。「最初はそう。でも、最近は海に出たいって気持ちが、なんとなくあるんだ」

 会話はいつしか途切れ、Sの寝息が聞こえた頃、遠くの海上で何かが大きく爆発したのが聞こえたような気がした。私もじきに微睡んで、気がつけば朝になっていた。後になって考えてみると、それは夢とか錯覚ではなく、確かに敵艦が海の底へと戻っていく音であったのではないか。そう思う。

 翌朝になって、私たちは何とか港を出ることができた。車一台も辛うじてという程度に破壊された道は、それでも小鳥の鳴き声が聞こえるほどに静かだった。そこから遠くに見える水平線は、朝の青のまま微動だにしない。扶桑さんは厳しそうな顔で、それを見る私を見ていた。

 Sは、私に聞き返さなかった。扶桑さんも、私には何も言わなかった。きっとあの時にはもう、二人には全てわかっていたんじゃないかって思う。それを感謝するような気持ちもあるけれど、無理矢理にでもという気持ちもある。街に戻った私たちは、それでも笑顔で再会を祈念するよりなかった。