ジトーさんのこと

ジトーさんのこと vol.1

太陽と月があやふやになって久しいこの街でも、季節は変わらずに巡ります。ある年の最後の日のことです、暖かさを求めて混雑しきりの酒場の隅にひとつ忘れ物がありました。今朝、山のお屋敷に勤めるメイドが置き忘れていったものですが、みな誰かが届けるだろうと放っておいてしまっていたのです。

山のお屋敷は呪いの遺物を扱う商人の住まいでしたから、みな本心では行きたがらないのです。けれどご近所づきあいというものもありますから、そんなことを明け透けに言う人はいません。夜まで残されていた忘れ物をどうにか片づけるため、店員で一番若い少年が、半ば無理やりに行くことになりました。

少年はそのメイドのことをよく覚えていました。彼女は灰色猫の獣人で、神経質に眉をひそめる癖があって、いつも決まった時間に食品を仕入れに来ます。時間に厳しいのか小走りで入ってくることもありました。そして決まって人探しの張り紙に目を通し、特に期待もしていなかったふうに首を振ります。

悪い人のようには思えない、そんなメイドが忘れていったものです。だからきっと困っているんじゃないだろうか。少年のそんな些細な良心と正義感は、冷えた街路を登るにつれて簡単にしなびていきました。お屋敷は近づくにつれて暗闇を増して見え、柵越しに大きく迫ってくるように見えたのです。

少年が屋敷の門をくぐると、庭に置かれていた灯篭にぽうと橙色が灯りました。少年はぎくりとしてしばらく立ちすくんでいましたが、その橙色の光があまりに暖かそうに見えて、まるで自分を呼んでいるように思われるものですから、少年は忘れ物をぎゅっと強く抱いたまま近寄っていきました。

すると少年の視界は真っ暗闇になりました。「どれくらい見ました」いつか聞いたことのあるメイドの声がして、少年は自分が目を閉ざしたわけではなく、彼女の柔らかい腕で目隠しをされていることに気づきました。いつの間に後ろまで忍び寄っていたのでしょう。少年は答えました。「今来た、ところです」

ぱりんと何かが割れる音がしてからメイドは少年を解放しました。それから念のためだと名前、用件、今日の日付を尋ねました。「二十三の年の、最後の日です」あまりに立て続けに質問されて少年は困惑しましたが、なんとか己の仕事を思い出し、どうにか彼女の忘れ物を差し出すことができました。

「みかんのために、まあ」メイドは呆れたように笑い、それから少年に一つ渡してくれました。忘れ物は大量のみかんだったのです。「貸しには少し足りないか……何か困ったことがあったら来てください。私の名前を言えば少しくらい通りますから」それから彼女は名乗りました。「ジェード・コプライーク」