「喉元に渇きの口付けを」

「喉元に渇きの口付けを」

 とある乾いた国に、秘密の井戸を継承した男がいた。その井戸は水量こそさほどでもなかったのだが、どんな乾季にも決して涸れることなく、一族の喉を潤す魔法の井戸であった。

 しかし、新たに受け継いだ男は、どうしてもそれが涸れることを怖れずにいられなかった。彼は井戸を厳重に封じ、誰も知ることがないように注意深く振る舞った。乾いた国にそんなものがあるわけもない、人々は秘密の井戸のことを忘れていった。

 さる乾いた年のことだ。男が独りで水を汲んでいると、不意に魔女が現れてこう助言した。「この国では、この魔法の井戸からしか水は湧かない。この水を独り占めしては、国は渇れるばかり」男は応じることなく、そればかりか井戸の秘密を知る魔女の頚を裂いてしまった。

 乾いた国は、既にない。裂いた喉首からは大いなる濁流が出でて、男と井戸、あるいは国ごと、湖の下に沈めてしまったのだ。今でも地域の老婆らは教訓めいてこの話を語る。水底にはまだ、渇きに苦しむ男と、怨みながらも憐れんでそれを抱いた魔女が沈んでいるのだという。