「獣にまつわる習作5 カンロネコ」
ある夕方のこと、ひとつ裏道の菓子屋であるものが目を引いた。どうやら飴細工の菓子だろう、それは鼈甲色のか細い線を無数に寄せ合い、重ね、一匹の猫を象っている菓子だった。私が精巧さに感心していると、店員の女が、どうぞ中へと手招きをするのが見えた。
女が言うには、これは「カンロネコ」なる菓子であるらしい。軽やかに仕上げたバター・クッキーに、ごく細く仕立てた飴細工の針で猫を描く。単純な菓子に変わった名前だと私が何の気なしに応えると、女は説明したげな顔を隠すこともなく、それには物語があるのだと言った。
かつてアカトゥイヤ市に、一人の女がいた。彼女は百の顔を持つ悪党であり、決して平穏ではなかった往時の市の裏でしたたかに暮らしていた。しかし、そうと言えどもいつまでも暮らしていけるわけもなく、ついには騙した商人の手に落ちたのだという。
商人は、カンロネコなる幻獣の肉を女から買っていた。その金の毛は細く鋭く、太陽に照らせば透き通しで輝く。花を愛するその肉は柔らかく骨離れも良く、そして微かに残る蜜と香草の匂いが如何なる料理にも合うのだ。女はそううそぶき、単なる安い肉を商人に売り付けたのだ。
商人は女を捕らえ、言い表せぬほどの害を与えた。だのに女は命乞いすらせず、その態度がいっとう商人を怒らせた。怒り狂った商人は、彼女に貴重な資料を叩き付け、そんな幻獣はどこの伝承にもなかった、嘘偽りだと罵った。そこでやっと、初めて女は口を開いたのだ。
「私は貴方を騙しましたが、その獣は確かにいるのです」彼女はそう言った。商人は怒りを通り越し、それならば証拠を見せてみろと返すことしかできなかった。彼女はその財産と命、知人の名誉全てを引き換えとし、カンロネコなる架空の幻獣を見せると約束した。
女は期限いっぱいまでかけ、カンロネコの証を持ち帰った。それがこの菓子である。この焼き菓子を飾る糸こそは本物のカンロネコの毛であると女は語った。商人は一時、女を殺そうとした。しかし結局は馬鹿馬鹿しくなって取り止めにし、代わりに一つの制約を科すことにした。
それがこの店の起こりなのですと女は誇らしげに語った。私は話の礼としてカンロネコを買うことにした。ここでも食べられるか尋ねたところ、女は困ったように答えた。「少し恥ずかしいから、できれば御遠慮いただけますと……」