「Yの告白」(「艦隊これくしょん」二次創作・2018年)
恵まれたる時も、そうでない時も、ただ変わらず不幸の只中にある。そう感覚している。あの黒々とした髪を目にしていなかったとしても、きっといつかはこうなっていただろう。漠然と私は信じている。
Sと出会ったのは梅雨時のことだった。深海棲艦との戦いも珍しいものではなくなって、あの憂鬱な大いくさが始まるより少し前のことだ。私たち女学生は無差別に送りつけられた令状に集められ、役所の一室に詰め込まれていた。生まれも年齢も背格好もバラバラ、その中にあの少女、Sも含まれていた。
私は近隣の制服を持っていなかったから、居心地が悪かったことをよく覚えている。公立から喚ばれた女子たちが仲良く騒いでいるのを見ないようにしながら、私は端のほうの空きを選んだ。わざわざ不機嫌な顔を曝すまい。そう思った。そうだというのに、Sはわざわざ私の隣に席を選んだのだ。
Sは、正直に言ってしまえば、貧乏でみすぼらしく、汚れた印象があった。清潔でなかったというわけではない。彼女は制服らしきものを着用していたが、襟の鋭角だった部分は丸みを帯びており、随分洗ったものであるとよくわかった。後で聞けば母親からのお下がりだったという。それも納得だった。
『適性検査』の説明が始まって、女学生たちは一様に静かになった。語られた内容はほとんど思い出せないが、きっと教科書に載る程度の当たり障りのない程度のことだったのだろう。ただ一つ、検査が採血であることが知らされると、ざわめきと嘆きが少しだけ聞こえてきた。それは忘れていない。
私は採血など怖くもなかった。強がりではなく、ただ慣れていたからだ。良家に生まれた女として、健康管理は必要なことだと教わってきたからだ。しかしその時、Sの握り拳が震えているのを私は見てしまった。私は彼女が怯えているものだと信じて疑わず、何の気紛れか声を掛けてしまった。
「心配ないわ。すぐ終わるわよ」掛けた言葉は、確かこの程度のものだったと思う。Sは一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐに頬を緩めて応えてくれた。「ありがとう。少し、怖かったんだ」でも、そう言った彼女が本当に恐れていたのは採血針ではなかった。そのことは後で知ることになった。
検査室ではガラス張りの内側が血で汚れていくのを見ているだけで、つつがなく終わった。私が控室に戻ると、先に採血を済ませたSはまだ少しだけ震えていた。しばらくして検査結果がまとまったのか、私とSは呼び出された。女学生はあれだけいたというのに、呼び出されたのは私とSだけだった。
私とSには艦娘の適性があった。その説明を聞いたSは、明らかに喜びの表情を浮かべていた。彼女の適性は『駆逐艦』。そう伝えられていた。私はそれを聞きながらも不思議と何の感慨もわかなかった。お国のためか、あるいはお金のためか、こんな風に考える娘もいるのだな、とだけ感じていた。
ところが、私の適性はという話になって、担当者の緊張が高まったのがわかった。検査の正確性のためにもう一度採血させてほしいと請われたが、私には断る理由もなかった。Sはそんな私の様子を見ながら、結果を楽しみにしている風でもあったが、さすがに同席は許されず、そこで帰された。
検査室の更に奥の部屋で、再びの採血は行われた。私からたっぷりと採られた血液は、白いカーテンの向こう側に持っていかれ、何らかの検査が行われる。私はその時、意図していたわけではないのだけれど、カーテンの向こうが見えることに気づいてしまった。迷いがなかったとは言わない。
そこでは、ガラス容器に収まった黒々とした物体が、採ったばかりの私の血を注がれていた。聴音器を当てた検査員は私に気づくこともなく、音か何かを記録している。私は彼が「戦艦」と記載し、復唱したのを聞いた。管理番号と対照して報告書に記入する間、私は全てを見なかったふりをした。
告げられた適性に驚くことは、もはやできなかった。私は近日中にSとともに呼び出されることを伝えられた。結果が確定してからというもの、担当者の態度は丁寧なものになっていた。戦艦というものがそれほどまでに貴重なものなのか。その当時の私はあまり実感がなく、どこかむずかゆい気持ちがした。